合唱発表会の伴奏に立候補した話②
前回
の続きです
オーディションの日程も先生から告げられ、私は毎日一生懸命ピアノの練習をしていました。
オーディションという、なかなか大きな事態になってしまったこと、大勢の女子から悪口を言われていることが先生からの連絡で母にも伝わってしまいました。
私を心配した母は、
「あんた、大丈夫?
確かにお母さんは伴奏とかすることがあったらいいのにね、とは言ったけど、あんたがそんなに大変な思いしてまですることはないんだよ。
今からでも辞めるって言ってもいいんだよ。」
と言って心配してくれました、
でも、私は一度行ったことを変えて辞めてしまうのはかっこ悪いことだと思っていたし、ここで辞めてしまえば一生後悔すると思っていたし、そもそもこんな状況になることはある程度か覚悟していたことだったので、
「いや、私は辞めないよ」
と言いました。
たまにこの時のことを思い出話として母と話すことがありますが、今でも
「あの時のあんたの気迫にはびっくりしたよ😊」
と母は言います。
それだけ当時は私も必死でした。
そんな感じでオーディションが行われましたが、結局オーディションしたものの、オーディションで決めると言うのはやはり角が立つのか、結局オーディションでは決まらず、後日担任の先生と音楽の先生、私ともう一人の希望者の子の4人で集まり、話し合いをしました。
でも、私はここで折れたくなくて、その話し合いでも
「やります」
と言い続けたし、彼女も一切引く様子はなく、話し合いをしたところで決着はつきませんでした。
のちに先生たちの間で話し合ったことなのか、こう決まりました。
私が学級での発表で伴奏をする、彼女は3年生全体での合唱で伴奏をする、ということになりました。
合唱発表会は3年生だけでなく全校生徒の前で行われる行事だったので、学級だけでなく学年全体でも課題曲を歌うことになっていたようでした。
これで、結局私も彼女もピアノの伴奏ができることになり、私たちの対立?にも終りが来ました。
そして、実際に音楽の授業で私が伴奏をしてクラスメイト全員が歌うという練習が始まりました。
クラスメイト達は私が立候補した際に大多数がドン引きしていたのを感じていたし、伴奏が決まるまでクラスメイト達から悪口をたくさん言われていたので、もしかしたら私が伴奏を演奏してもクラスメイト達は静まり返り、誰も歌ってくれないのではないかととても心配していました。
でも、そんなことはなく、みんな私の伴奏に合わせて歌ってくれました。
それが本当にうれしくて、やっと私が伴奏をすることを認めてもらえたみたいで、ここまで折れずにいてよかったな、と思いました。
また、私が伴奏することが正式に決まる前は
「あいつ歌わないくせに伴奏やるとかふざけてるよね」
という悪口を言われていたのが聞こえていたので、私が伴奏する曲とは別の、クラスで曲を選んで歌う自由曲は、ちゃんと声を出して歌うようにしました。
私は緘黙でそれまで話すことはもちろん、人前で歌うこともできなかったのですが、伴奏をさせてもらうことになったのなら、ちゃんと歌うこともできないといけないと思い、必死に歌うようにしました。
そうすると、私の近くで歌っていた子が気づいてくれて、
「最近なおちゃんめっちゃちゃんと声出てるよ!」
と言ってくれて、周りの子たちも
「最近のなおちゃんいいね!」
とだんだん言ってくれるようになりました。
立候補した当初は敵だらけだったけれど、少しずつ認めてくれる子たちが増えていき、本当にうれしかったです。
こうして立候補から実際の練習で波乱の期間を終え、実際に本番を迎えましたが、体調が少し良くなった母も見に来てくれて、無事に演奏をすることができました。
もう本番のことは緊張しすぎてて覚えていませんが、本当に大変だったけど、やっと母に対して胸を張れることが学校でできたことが本当に嬉しかったし、最初はいじめに近いような悪口を言われていたけど、私が伴奏することを最終的には認めてもらえたことも嬉しかったです。
立候補したときには陰口を言われることや本番で弾けるかという不安でいっぱいで、でも母に見てもらう最初で最後のチャンスだったので死ぬ気で手を挙げましたが、勇気を振り絞って本当によかったと今でも思うし、手を挙げなかったらきっと今もずっと後悔していただろうな、と思います。