鉛筆キャップをあげまくっていた話
これは小学校1年生の時の話です。
小学校になる前には教科書やランドセル、文房具と言ったものを親が準備してくれていました。
その中には、鉛筆の芯が折れるのを防止するための鉛筆キャップがありました。
母が買ってくれた鉛筆キャップはとてもかわいくて、お気に入りでした。
小学生になってしばらくして、その鉛筆キャップをめぐるトラブルが起きてしまいます。
ある女の子が私に話しかけてきました。
「ねえねえ、そのキャップ貸して」
私は使ったらすぐに返してくれるんだろうな、と思ってその子に鉛筆キャップを渡しました。
するとどうでしょう、そのキャップは返ってくることはありませんでした。
何日経っても返ってこなくて、でもまた数日後、
「キャップ貸して」
とまた言われ、今度こそ返してくれるのかと思えば、そのキャップも返ってくることはなく、それが何回か続きました。
「この前貸したキャップ全部返して」
と言いたかったけど、場面緘黙症だった学校では誰とも話すことができなかったので私はその子に返してと言えず、また、「貸すのが嫌だ」と言うこともできなかったので、不本意ながらもその子に鉛筆キャップをあげ続けるという事態になってしまいました。
その子もきっと私が学校でしゃべらないから鉛筆キャップをパクることなんて容易だと思っていたのでしょう。(実際その通りでしたが)
そんなある日、家で筆箱を開けた私を見た母が、鉛筆キャップがないことに気づきました。
「ちょっと!鉛筆キャップが全然ないけどどうしたの?」
とものすごく真剣な顔で聞かれ、私は学校で起こったことを話しました。
すると、
「そんな言われるがままになったらだめだよ!嫌なことは嫌って言わないと!」
と母に言われました。
その当時は場面緘黙症なんて言葉は今以上に普及していなくて私も母も話せない理由が場面緘黙症という病気によるものだという認識がなかったので、母は女の子に言われるがままだった私を叱ったし、私も「言えなかった私が悪いんだ」と思いました。
でも、そう思ったからと言って話せるようになるわけでもなくて、その後は「貸して」と言われて首を横に振ることはできるようにはなりましたが、「返して」と言うことはできなくて、結局鉛筆キャップは取り返せませんでした。
いつまでたっても鉛筆キャップが戻ってこない様子を母が見かねて先生に伝え、先生からその子にも伝わったのか、
「返すね」
と鉛筆キャップを渡してきましたが、その鉛筆キャップは私がもともと持っていたものではなく、全く違うものが返ってきました。
この昔の私のように、場面緘黙症の子は嫌なことを嫌だと意思表示できずにそのまま従ってしまう場合もたくさんあるのではないかな、と思います。
当時の私は
「せっかくお母さんが買ってくれた可愛いキャップだったのに」
と、キャップを手放してしまったことへの悲しさや母がせっかく私のために用意してくれたものを自分で使うことができなくて、「お母さんにかわいそうな事をしてしまった」と自責の念にも苛まれました。
あれから20年以上たった今でもこうやって文章にできるくらいよく覚えている出来事です。
意思表示ができない子たちの中にはこうやって物やお金を他の子に渡してしまうこともあり、大きなトラブルになるため、子供たちの持ち物からも子供たちの人間関係が読み取れることもあると思います。
子供のことも、持ち物のことも見守っていく必要があるんじゃないかという気がしています。